家を出た。
30年間の生活から、抜け出した。
でも、すぐに自由を感じられたわけではありませんでした。
家を出た日、食欲がなかった
家を出た日のことで、覚えていること。
食欲が、まったくなかった。
やっと踏み出せた。
やっと動けた。
張りつめていた糸が切れたように、疲れが一気に押し寄せてきたんだと思います。
それから、不安。
「探し出されて、連れ戻されないだろうか」
ホテルの部屋にいても、その考えが頭から離れませんでした。
ホテルを点々とした1週間
最初の1週間は、ホテルを転々としました。
(お金の準備については②の記事に書いています)
ここでは、あのときの気持ちのことを書きます。
食欲は、しばらく戻りませんでした。
食べても、味がわからなかったかもしれない。
体は安全な場所にいるのに、心はまだ、あの家にいた。
そんな感じでした。
狭い1Kの部屋で迎えた、初めての夜
1週間後、部屋を借りることができました。
狭い、1Kの部屋。
でも、その部屋で迎えた初めての夜のことは、忘れられません。
「自分の空間を、手に入れられた」
そう思ったら、安堵感が広がっていきました。
広さじゃない。
誰にも侵されない、自分だけの場所。
それが、どれだけ大きなことだったか。
想像していなかった感情
逃げたら、解放感でいっぱいになると思っていました。
「自由だ」と叫びたくなるような、そんな気持ちになると。
実際は、違いました。
解放感より先に来たのは、疲れと不安でした。
30年分の緊張は、一晩では解けない。
今ならそう思えます。
でも当時は、「逃げたのに、どうして晴れ晴れしないんだろう」と戸惑いました。
もし今、逃げた直後で同じ気持ちの人がいたら伝えたい。
それは、おかしいことじゃないです。
少しずつ戻ってきた「当たり前」
自由の実感は、ある日突然ではなく、少しずつやってきました。
突然怒鳴られる心配がない。
インターホンが鳴っても、怯えなくていい。
誰かの機嫌を気にしながら歩かなくていい。
足を伸ばして、ゆっくりテレビを見られる。
好きな時間に寝てもいい。
書いてみると、どれも当たり前のことです。
でも、その当たり前が全部、自由の実感でした。
ひとつ気づくたびに、少しずつ、心がほどけていきました。
その不安も疲れも、いつか少しずつ和らいでいきます。
シリーズの締めに
このシリーズでは、私が35歳で毒親のもとを離れるまで、そして逃げた直後までを書いてきました。
あの日は「人生が変わった日」ではありませんでした。
でも、人生を変えるための最初の一歩だったと思っています。
もし今、逃げたいのに動けずにいる人がいるなら伝えたい。
逃げることは、負けじゃない。
自分の人生を取り戻すための、大切な選択です。
次回からは、「逃げた後の暮らし」について書いていきます。
