私は4歳の時、父の再婚で継母と暮らすようになった。
自分の本当の母親ではないことは、子どもの頃から知っていた。
継母から、「あなたは私の本当の子どもじゃない」と言われながら育ったからだ。
だから私は、ずっと「良い子でいなきゃ」と思っていた。
嫌われないように。迷惑をかけないように。
そんなふうに空気を読んで生きていた。
小学生になった頃、弟が生まれた。
私とは腹違いの弟だった。
継母は弟をとても可愛がっていた。
私と弟は誕生日が1週間ほど違う。
誕生日が近いから、一緒に祝ってもらえる。
そう思っていた時期もあった。
でも実際は違った。
ケーキのろうそくは弟の年の数だけ。「おめでとう」の言葉も、笑顔も、全部弟に向けられていた。私はその隣で、ついでに存在している感じだった。
どこかに出かける時も同じだった。
弟は継母に手をつないでもらい、前を歩く。私は荷物やゴミを持たされて、後ろからついていく。
家族の中に、私の居場所はなかった。
それでも私は、「仕方ない」と思っていた。
本当のお母さんじゃないんだから。私が我慢すればいい。
子どもの私には、それしか考えられなかった。
クラスの友達はよくお母さんの話をしていた。
一緒に料理をしたこと。休みの日に出かけたこと。
みんな楽しそうに話していた。
私はその話を聞きながら、「うちは違うんだから仕方ない」と思っていた。
継母は本当のお母さんじゃない。
だから優しくされなくても仕方ない。怒鳴られても仕方ない。
子どもの私は、そうやって自分を納得させていた。
その一方で、私は何かあるたびに怒鳴られ、叩かれた。
ある日、投げつけられたガラス茶碗が額に当たった。
額から血が流れ落ち、継母は慌てて病院へ連絡した。
夜の暗い病院。処置室の白い光。額に針を通されるたび、「バチバチ」という音が響いていた。
私は今でも、その音を覚えている。
これが私の幼少期だった。
怒鳴られることも、叩かれることも、当時の私にはそれが「普通」だった。
おかしいと気づいたのは、ずっと後のことだ。
中学生になっても、その日常は続いた。

